朔日ですが、とある檀家様のお宅へ参らせて頂きました。読経の後に頂戴しましたお茶がとても美味しかったのです。
天目の上に乗せられた綺麗な茶碗に、いい湯加減のお茶が注がれているのです。熱くもなく、ぬるくもなく。濃くもなく、薄くもなく。まさしく、「中道」の思想がぴったりの一杯でした。
その、美味しいお茶を頂いて、昔の事を思い出しました。
私の茶道の先生が仰っていたことです。
ある日のお茶の稽古の時に(私がまだ20代半ば)「月心さん、この世界で一番、美しいものはなんだかご存知ですか?」と唐突に質問してきました。
内心、「問答を挑んできたな、このおばはんめ!困らせたろ。」と思いながら、神妙な顔をして、「私の心です。」と答えました。
上品な先生でしたので、決して人のことを悪く言わない人でした。
先生は本当は「なんでお前の心やねん!」とツッコミをいれたかったに違いありません。
しかし、とてもとても上品な先生なので、微笑みながら「そうですね、月心さんの心はたしかに美しいですが、まだ未完成ですね。これから磨けばもっと光りますよ。」などと宣うのです。
この後、先生が仰ったことは「この世界で一番美しいのは、無駄が微塵もないこと。一切の無駄をはぶいたものが本当に美しいものなんですよ。」
「茶道の作法には一切の無駄な動きがないのよ。だから、見るものの心に響くのね。」
正直、この話を聞いたとき、頭の中で何かが弾ける様な感じがしました。
「これは悟りか?」
日々、私達は多くの無駄なものを背負って生きています。
それは、あたかも自分を大きく見せる為だったり、寂しさを隠す為だったり。
プライドだったり、見栄だったり。 それらが、どんどん膨らんで埋もれてしまい、本当の自分が見せれなくなってしまうのです。
そう、無駄なものに覆い尽くされてしまうのですね。
「如実知自心:にょじつちじしん」実の如く自心を知れ。
たまには、その背負いすぎた荷物を整理して肩から下ろしてあげるのもいいかもしれませんね。
自分の心の曇りがとれますよ。
そして、下ろした荷物は、そのまま捨ててしまいましょう。
人間生きて行くのに、必要なものはさほど多くはありません。
着飾らなくていいのです。見栄をはらなくていいのです。そのまま、そのまま。
人間はそのままがいいのです。
何もしなくていいのです。
何故ならば、人間は何もたさなくても、そのままで美しいのですから。
私の心は、まだまだ磨かなくてはいけませんけどね。
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